2007年7月24日

サンクト・ペテルブルク


7月11日 首都モスクワをあとに、片側6車線(実際には片側5車線)の環状ハイウエーに出て、モスクワから北に750kmほどに位置する、ロシア一美しい町と噂されるサンクト・ペテルブルグに車を走らせる。ここが我々の行く今回最北端の地である。
この日は、一度もポリスチェックを受けることなく走り続け、夕方にはサンクトペテルブルクに到着、ダウンタウンから程近い改装してあってそこそこ立派な大きなホテルに宿泊する。このホテルはロビーの雰囲気が今までロシアで宿泊したホテルの中で一番ホテルらしいと感じた。このサンクト・ペテルブルクは我々にとってロシア最後の都市となるので2泊して明日1日は市内見物に当てるする。車が市街地に入ってからダウンタウンに着くまでの間、綺麗な建物や大きな噴水が目に入り、止まって写真を撮りたくなるくらい、これまでのロシアとは違った美しい景観に驚かされた。

ロシアに限らず、何処にいても夏の日没は遅いが、夏のヨーロッパは本当に日が暮れない。特にここは夜の時間があるのかって感じで、太陽が斜めに回っているだけで暗くならない。どこの町に行ってもロシア人達が皆、明るい表情をしているのは、長い冬や共産主義の拘束から開放されたせいなのか?どうかはわからないが、日が暮れない夜を徹底的に満喫しているようで、見た目は資本主義社会の町と何ら変わらない。

7月12日 ありきたりの市内見物をする為、ホテルから有名なエルミタージュ美術館まで約5kmの道を徒歩で行く。
入館料は我々にとっては少し高い350ルーブル(約1800円)もしたが、世界の3大美術館だけあって、中世からピカソ、マチス、ゴーギャン、ルノアールといった近代美術まで見ごたえのある作品が数多く展示されていて感動ものだった。こればかりは支払った以上の価値である。
その後も水路の対岸に渡って写真を撮ったりしながら有名な場所を闊歩して一日を過ごす。

通算で約1ヶ月かかってロシアを走り抜いて感じた事は、ともかく広大で自然が美しいというのは言うまでもなく、こちらから飛び込んで行けば、人々は暖かく迎えてくれるという事だ。
ともかく広すぎる台地をただただ走って来ただけ、という忙しい旅になってしまったので、できればもっともっと時間を割いてのんびり回れたら良かったのにな~などと回想する。
それからロシアのレストラン等で食べ物を注文する場合、ロシア語がわからないと大変だ。食事はカフェで済ませたが、メニューが読めず、聞かれた事がわからず毎回苦労した。でもなぜかUターンしてまた戻ってみたくなる気持ちはいったい何だろう?

7月13日 ロシア最後の朝、ホテルで朝食を済ませ、サンクトペテルブルグを出発。本当のヨーロッパ、EU圏エストニアとの国境まで120kmほどである。国境に近づくとあいにくの雨、国境のゲートまで行くと係官が手前のどこかで国境通過用のティケットを買って来いと言うので、判らないままちょっと引き返し警官に場所を聞き、何とか購入。どうもロシアは複雑でならない。しかし、出国、入国の通関は以外にスムーズに済んでしまって、これでいいのかってもので、あっけにとられてしまった。通過させないのではなく、通過させてあげようという趣旨がうかがえて緊張するのでなく、安堵感を覚えるのは不思議である。ここはEUとの国境なのだ。

EU(エストニア)ではパジェロに対して車の一時輸入許可証も作ってくれない?日本の自動車登録証だけででOKなの?エストニア通関と隣接する場所で、EU圏内全て有効な保険(グリーンカードというらしい)に1ヶ月の契約をして、バルト3国の最初の国を走り出す。
途端に道路は良くなってこの上なく走りやすい。またマナーが良い。街中は50km、指定のない郊外は90kmになっている。しかし、殆どの車両は10kmオーバーぐらいで走行しているから早いのなんの。途中海が視界に入ったので、細い道を右に折れ海岸に向かってみた。初めての大西洋かどうか、フィンランド湾である。そしてそこで海の水に触れて手ですくって口に運んだ。「ショッパイ!」。人影はあまりないが砂浜が続く綺麗な海を見つめていると、とうとうユーラシア大陸を東から西まで走り抜いたんだ、やったぞ!という実感がこみ上げてくる。先はまだまだ長いのだが・・・・
タリン市内まで半分の距離も進まないうちから最高速度130km表示の高速道路のような立派なハイウエーが出現。早いの何の移動はあっという間である。タリン市内の旧市街を見学し、寝るところを探す為、ラトビア方向に車を進める。
途中キャンプ場マークを発見し、そこに決定。この旅初めてのキャンプ場、人も少なく料金は高かったが、初めてキャンパー気分を味わう事ができた。

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