2007年6月21日

通関書類


前日はビールで少し酔ったのせいか久々に歩いたせいか早々に、とはいっても10時過ぎまで明るいこちらでは時間的には夜であったがまだ宵の口に寝てしまった。寝る少し前、「明日、税関の担当官が保税地区いるので話が着いたら書類作成の為、午後1時に通関業者と車の確認に行こう」とコンスタンチン氏からの伝言が入った。7時頃ベッドから起き上がり朝風呂に入ってからホテルのレストランで食事をしたあと、杉ちゃんと市内のパンプレットに目を通し、ホテルから歩いていける距離にある与謝野晶子記念碑と浦潮本願寺(こういう場所がある)方面へ行ってみる事にした。昨日と変わって市内はモヤがかかっており長袖が無いと肌寒く感じる陽気だったが行ってみるも、与謝野晶子記念碑は大学の片隅に小さな碑がひっそりとあるだけのもの。一方の「他力本願寺」いや「浦潮本願寺」は見つからなかった。その後マーケットなどを散策しダウンタウンで昼食を取りホテルへ戻る。
午後1時を少し過ぎた頃ドアーをノックする音がしたので出てみるとコンスタンチン氏が迎えに来てくれていた。「話がついたから車の確認に行こう」また「休み明けの水曜日は非常に込み合うから、今日中に書類を作ってしまえば当日は早めに車を出せるかも知れない」と言う。もっとも今回のルーシー号で輸入された中古車の数を見ればうなずける。彼の車に乗って休業中の税関に向かった。ここがロシア、750ルーブル(4000円弱)で税関職員を買収したという。これはもちろん素直に支払った。一泊のホテル代を考えたら安いものである。通関業者の人も到着しており、やたらに立ち入ることの出来ないはずの保税地区に入ってシャシー番号、日本では必要ないエンジン番号まで確認した。ほとんどが日本からの中古車で埋まっている保税地区の建物の内外にあって、我がパジェロを以外にも簡単に発見できたのは幸いだった。その後、通関業者の事務所に行きコーヒーなんぞをご馳走になりながら待っている間に税関申請用の書類作成してもらった。そして、ともかくサインは済ませた。だがまだ終わったわけではなく休み明けの水曜日が本番なのだ。
こうしたペーパーワークをいかにスムーズに進めるかが車両を持ち込んでロシアを走る場合のポイントであるようだ。我々は多少の手数料を払う事は覚悟の上で、この通関がスムーズにいくよう、あらかじめ日本にある窓口のF氏から人を手配してもらっていた。中には、1週間以上も余儀なく足止めをくらって、かさむホテル代の支出に泣く者もいるらしい。
日曜日からの3連休中、ここまで出来ればもう安心か? それとも・・・・ここはロシア・・・・パジェロはいつ手元に、いつ乗り出せるのか?
明日はロシアの建国記念日でメインの祭日である。ロシアの人達は誰もが皆寝ているそうだ。一日中予定のない我々は何処へ行ってみようか?明日になったら考えよう!

夜11時前だったか、突然電話が鳴ったので受話器を取って"ハロー"と言ったらセクシーな女性の声が・・・・"Do you speak English?" "Yes.????" " Do you like beautiful girl?" "Yes ofcorse, but......"

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